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905日。

2015年10月12日から早く来てほしいと言った春。

2015年11月24日から永遠に来なくていいと言った春。
そんな春がやっとやって来た。いや、やって来てしまった。こんなに来て欲しくないと思った春は初めてだ。
 
ー905日。
私が"田口担"でいることができた日数、905日。
言ってしまえば田口担になった訳が1番好きだったからとかそんな理由じゃない。大好きな人が突然いなくなったから。
あの日はリーガル・ハイが始まる日だった。そして、テスト週間だった。親が突然ガラケーを持って、「衝撃的なことが書いてある。」と言われ見たメールには、自担が脱退するという内容だった。もうどうしていいか分からなかった。でもその時に何かを感じたのか、"田口なら....田口くんならずっとついてけれる...。"と思った。でも別に、KAT-TUNの中で2番目に田口くんが好きだったという訳でもなかったような気がする。むしろ、KAT-TUNを好きになった頃なんか正直田口くんに全く魅力を感じなかった。でも知れば知るほど田口くんの魅力が分かってきたんだと思う。なんと言っても1番好きだったのは今でも変わらないパフォーマンス。きっとこれに惚れていったんだろうか。2013年の5月頃から田口くんにどんどん惚れていって、10月頃はでんでんを愛してやまないやつだったと思うけれど、2番目に好きというわけではなかったはず。でも田口くんなら...と思ってから、あのメールを見てから確かそんなに時間の経たないうちに、FCの好きなアーティストを"田口淳之介"に変えた。最初はこれでよかったのかとかいろいろなことを思った。リーガル・ハイの第一話。蘭丸くんが映るたびに、"私はこの人にずっと着いていくんだ"って思っていた。
そして田口担になったわけだけど、すぐには心の底から田口担ということを言うことが出来なかった。2013カウコン、天井席にいても大きく手を降ってくれる田口くん、美しいビジュアル、キレキレのダンス。確かにかっこいいけれど、それでも何か心残りがあるのか、「誰が好きなんですか?」と聞かれても、「田口くんです。」とは言うものの、心からは言ってはいなかったんだろう。
心から田口くんが好きと言えるようになったのは2014年に4月過ぎてから。そこからはシングル発売にアルバム発売、ツアー、ドラマにカウコン、シングル発売、DVD発売、東京ドームライブとほんとに幸せだった。
quarterオーラス。最後に田口くんが泣いていた。これで脱退と言っている人もいたけど自分は絶対そんなことないって思ってたのか思わしていたのかは分からないけど、ただ久しぶりの東京ドームを見て感動しただけと思っていた。確かにそれからKAT-TUNとしての活動が減った。でも毎週ラジオやタメ旅でKAT-TUN田口淳之介の姿を見ているからまさかこんなことになるなんて一切思っていなかったし、TVで見ればいつもと変わらない田口くんがいた。10月には日程は不明だけれども春コンも決まり、やっと会える思ってメール見て泣いてた思い出。それからquarterのDVD発売し、冬になった。この冬を乗り越えれば春に.....やっとKAT-TUN、田口くん......。
でもそんな未来が一瞬で変わってしまった11/24。人生で1番泣いたかもっていうほど泣いたかもしれない。前の時以上泣いた。次の日になってももうどうしていいか分からなかって、家に帰ればまたすぐに涙がこぼれてきた。夜寝れば一瞬だけ今起きているすべてのことを忘れられるけど、朝起きればまた現実に戻って思い出してしまうから朝が1番怖かった。もう一生会えないかもしれないということとKAT-TUNの存続がはっきり分からないという恐怖。ただ救われたことは最後とは言わせたくはないけど、もう1度KAT-TUN田口淳之介に会えたこと。それでもやっぱ今までと変わらない田口くんだった。いつもと変わらない美しさ、ライトが当たっていなくても手を振る王子様、大好きなパフォーマンス。それが終わってしまえば、2016年。田口くんが辞めてしまうという年だ。でもその頃はやっぱ信じられなかった。いつかウソウソカワウソといつものような笑顔で言ってくれる日がいつか来るのではないのかとどこかで期待していた。
でも時間が経つにつれて少しずつ現実を受け入れなければならないようになってきた。淳之介田口の話2月いっぱいで終了が告げられた。3人でのドームツアーが決定。退所が日がはっきりと決まり、KAT-TUNの充電期間が発表され3人でのメッセージ動画。いろんな番組の最終回が告げられ、何もかもが終わっていく。最初は信じられなかったことが、徐々に受け入れられるようになってきた。
少し前のブログで、責めるのは誰でもないと思うと言ったけれど、様々な意見が飛び交う中もうここまで来てしまえば自担が責められておかしくないと思うようにもなってしまって…あの日から田口くんのことを嫌いになれたら...恨めるのなら...、他Gに降りてしまえば...、どんなに楽だろうかって思ったりしたけれど、どうしても田口くんのことは恨めないし、嫌いになんて慣れないし、KAT-TUNからは離れられないし、田口くんのことが大好きだし、ありがとうって想いと辞めないでって想いしかなかった。恨みたくても恨めない田口くん、それだけの恩があるから。
 
もし例えばの話、あの時に田口くんではなく他のメンバーを選んでいれば、KAT-TUN担を降りていれば、もしかしたらこんなに泣いたり辛い想いをしなくても済んだかもしれない。それでも私は今までKAT-TUN担であったこと、田口担になったことは一切後悔していません。hyphenでなければ経験出来なかったこと、hyphenでなければ出会えなかった人。hyphenであったから経験出来たこと、hyphenであったから出会えた人。何があっても「田口担でよかった!」、「hyphenでよかった!」って大きな声で言える。KAT-TUNに出会えていなければこんなに幸せにはなれなかったと思うし、こんなに楽しいことなんか経験出来なかっただろうし、素敵なhyphenさんにも出会えなかったんだ。
言ってしまえばまた明日から新しい時代が始まる。きっと明日になれば考えたくはないけれど、J-webやJ-netから"田口淳之介”という名前が消され、FCの好きなアーティストの枠が"田口淳之介"から”メンバー全員”に変わってしまうのだろう。でもあの突然の発表から約4ヶ月という期間をくれた、田口くん、KAT-TUN、事務所に田口担としては本当に感謝だなって思う。突然消えた自担の名前、予告されて消えるであろう自担の名前…どちらも辛いこと、悲しいことに変わりはないけど、残されたたった約4ヶ月という時間を田口担として生きてこれたこと、自分の一番好きなパフォーマンスを見せてくれたこと、限られた時間でたくさんの幸せを分け与えてくれたこと…。
 
このことは時間が解決してくれるのかもしれない。もしかしたら、時が経って田口くんのことを全くかっこいいとも思わなくなったり、もっと幸せをくれる人が現れたり、好きではなくなってしまう日がいつか来るかもしれない。それに、さまざまな人がいるけれど私はそんな素敵な人じゃないから、永遠の田口担なんて言えないというか言う資格なんかないし、田口くんのことずっと好きでいるよなんてそんなこと簡単に言えるようなやつじゃない。でもあんなに泣いたことないってほど泣いた夜、本当に大好きだったんだなって思えた。今、”田口淳之介は青春の一部”と言っても過言ではない気がする。先のことは何も言えないし何も分からないけれど、田口担として過ごしてきた905日間、コンサートで見せてくれた風景、大きく手を振る王子様、美しいビジュアル、笑顔、大好きなパフォーマンス、楽しかった思い出、これはすべて大切なかけがえのない大切なものであったということは確かだろう。少なくともこの905日間田口くんが好きだったことは確かだし、この先のことは分からないけど今現在田口くんのことが大好きって言葉じゃ表現出来ないほど大好きなことは間違えない。
 
あぁ・・・もっと"淳”の団扇持ってKAT-TUNのコンサート行きたかったよ。なんで辞めちゃうの。辞めないでよ。まだKAT-TUNでいてよ。田口くんの馬鹿。
 
 今は田口担としての辞めないでっていう気持ち、KAT-TUN担としてのいろんな意味での”なんで”って気持ち、田口くんの歯車のような何かを動かしたものを恨む気持ち、いろいろあるけど、田口くんありがとうって気持ちが一番大きいのかな。でも、”ありがとうございました”じゃなくて、”ありがとうございます”、”これからもよろしく”って意味を込めて。自分が田口くんの一番好きな所がパフォーマンスというかダンスだからこれからもずっと踊り続けて欲しいし、もうおじさんになってはげはげでこんなやつが踊れるのかよって周りが思うようになっても踊り続けてほしいです。
 
とにかく、田口担でほんとよかったです。幸せでした。
そして、今まで田口くんが私にくれた以上に幸せになりますように。
そしてまた、田口くんが私に幸せを分け与えてくれる日が来ますように。
 

 

どんな時も同じ空の下で生きてるって、上を向いて歩こう